尾車親方は現役時代、琴風のしこ名で活躍した人気力士でした。
度重なる膝の怪我に見舞われますが・・・
そのたびに這い上がり、大関の地位を射止め、幕の内最高優勝2回を成し遂げました。
北の湖や千代の富士らと一時代を築き、ぺこちゃんの愛称で親しまれましたが相撲人生は華やかなできごとばかりではありませんでした。
乗り越えるべきものが多かった分、人間としての深みを増していったような親方だと私は思います。
今回は、現役時代は人気幕内力士の琴風!
引退後の現在は尾車親方で大、相撲界を支える影の力持ちに注目したいと思います。
尾車親方(元大関・琴風)は現在、年齢64歳。来年、定年を迎えます
皆さんにお馴染みの大相撲中継。
厳しい言葉で力士の欠点を並べる親方が多い中、尾車親方(元大関・琴風)の解説はいつもひと味違います。
稽古場で頑張っている力士、怪我を克服してきた力士の努力に目を向けて、ポジティブな言葉で解説してくれます。
自分の弟子の豪風や嘉風が土俵に上がったときでも、「ベテランなのによくやっています」と臆することなく褒めていたのが個人的には印象的でした。
<尾車部屋>稽古を見守る、尾車親方(元琴風)と中村親方(元琴錦)。#sumo pic.twitter.com/p2aUwtrhK0
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) March 4, 2015
もちろん毅然と厳しい指摘をすこともあります。
でも、その根底には愛情が感じられるのです。
だから勝手に私は「自分が入門するなら尾車部屋がいいなぁ」と思っています(笑)。
あと1年で親方の朗らかな語り口が聞けなくなると思うと本当に寂しいかぎりです。
尾車親方の年齢は現在64歳。
2022年で65歳となり、日本相撲協会の定年を迎えます。
1987年に尾車部屋を創設後、これまで豪風、嘉風、矢後、天風、友風と多数の関取を育ててきました。
よくスポーツ界では「名選手、名監督にあらず」なんて言いますが、尾車親方は「名力士であり名親方」。
そして、度重なる怪我にも「諦めない名人」だったと思います。
今回は、そんな私が魅力的だと感じている尾車親方についてご紹介です。
尾車親方の琴風時代はぺこちゃんと呼ばれた人気ものでした!
<書籍紹介>「人生8勝7敗 最後に勝てばよい」尾車浩一(著)(潮出版社、1260円税込)。元大関・琴風、その人生は「まわりみち」の連続。力士時代の二度の大怪我、そして頚髄捻挫による全身麻痺…それでも人生最後に勝てばよい! #sumo pic.twitter.com/MWKi2KO4BK
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) January 9, 2014
私の個人的な意見ですが・・・
現役時代の尾車親方の面立ちは、現在とは印象が違っていたように思います。
20代のころの琴風はスーっと涼しげな切れ長の目元が印象的でした。
それが笑顔になると一変、目元が弓なりの弧を描いて、なんとも愛嬌のある表情になるのです。
当時の愛称は「ぺこちゃん」。
そう、洋菓子の不二家のマスコットキャラクターですね。
誰からも親しまれる笑顔がトレードマークの人気力士でした。
琴風の佐渡ケ嶽部屋入門は1971年14歳のときでした。
きっかけは当時大関だった琴桜(のちに第53代横綱)に巡業先でスカウトされたことでした。
尾車親方自身は「相撲に興味がなかった」と話しています。
小学生のときの成績は、体育以外はオール5だったそうで・・・
大柄ではあったけれど、とくに運動神経がよかったわけではないようです。
そんな少年が後に大関にまで昇進するんですから、才能に恵まれていたというよりも、努力で勝ち取った大関の地位だったに違いありません。
尾車親方は琴風として幕内優勝2回。がぶり寄りが現役時代の得意技でしたが怪我が絶えませんでした!
琴風の必殺技といえばなんと言っても「がぶり寄り」です。
最近では引退した琴奨菊がよく見せた技ですね。
がぶり寄りは、相手のまわしを引き付けて・・・
自分の体を上下動させながら土俵際まで相手を運ぶ技です。
琴風の場合は、左を差して右前まわしを取って、がぶる。
それがスタイルでした。
琴風ががぶって相手を俵に追い詰める場面では、会場の観客が「待ってました!」とばかりに大歓声を送ったものです。
横綱北の湖から金星を上げた一番も、初優勝の場所で2代目若乃花を破ったときにも、がぶり寄りでつかんだ勝ち星でした。
しかし、大きな武器だったがぶり寄りは、琴風の力士生命を縮めたとも言われています。
全身をバネのようにして繰り出す技だけに、膝への負担がとても大きかったのです。
1978年11月場所で左膝じん帯断裂で途中休場。
一時は幕下30枚目まで陥落。
その後1980年5月場所には関脇に復帰しましたが、7月場所でまた左膝じん帯断裂、左膝半月板損傷。
当時の春日野理事長(元横綱栃錦)からは「今度こそダメだろう」と言われたほどでした。
2度目の大関挑戦でも大怪我に見舞われた琴風。
それでも琴風は諦めませんでした。
1981年9月場所で初優勝し、場所後には大関昇進!!
1983年1月場所では2度目の優勝を果たしました。
ただ1985年、28歳の若さで引退することになったのは、度重なる膝の怪我が原因でした。
尾車親方(元大関・琴風)は1987年に自らの相撲部屋を創設し、おかみさんと共に弟子を育ててきました!
引退後の琴風は、年寄・尾車を襲名し、1987年に尾車部屋を創設しました。
引退後に結婚した史枝夫人は元CAだったそうです。
さすがキャビンアテンダント、スチュワーデス!!
とってもお綺麗な奥様でいらっしゃいます。
尾車親方はおかみさんと二人三脚で、豪風、嘉風など人気力士を育ててきました。
とくにこの二人は小柄ながらも、スピード感のある相撲で角界を代表する人気力士に成長しました。
そんな親方が巡業中に転倒し、頚髄捻挫の大怪我に見舞われたのは2012年でした。
一時は首から下がマヒし、寝たきりの状態に。
医師からは「もう歩けないかもしれない」と言われました。
でも尾車親方は現役時代から何度も大怪我を乗り越え復活してきた人です。
いつも諦めない人なんです!
手術を受け、苦しいリハビリを重ね、7カ月後には仕事に復帰しました。
その当時、テレビに映ったときの尾車親方をはっきり覚えています。
げっそりと痩せてしまって、声にもハリがなく、以前の面影はまったくありません。
私はあまりにも変わってしまった様子に、言葉を失い涙が出そうになりました。
しかしその後、懸命にリハビリを続けたのでしょう。
回復ぶりは目覚ましいもので、いまはすっかりお元気になり、ぺこちゃんスマイルも健在です。
<超会議場所>尾車巡業部長(元大関琴風)と先発の北陣親方(元関脇麒麟児)。#sumo pic.twitter.com/aehTyibTl4
— 日本相撲協会公式 (@sumokyokai) April 26, 2014
尾車親方の定年まであと一年に迫りました。
私は、尾車部屋の力士の奮闘を期待しつつ・・・
半世紀も角界を盛り上げてきた尾車親方の活躍を最後まで見届けたいと思います。
(ライター:松岡那知さん)
【十一日目の解説は…】
尾車部屋リレーになります
♪(ノ´∀`)ノ#sumo #大相撲 #nhksumo pic.twitter.com/jcxfLlFDLF
— nhksumo (@NhkSumo) January 22, 2020

